耐火性・セキュリティに優れた家にも弱点はある!?
あるところに、3匹の子豚がいました。ある日お母さん豚が、3兄弟に言いました。
「お前たち、そろそろ独り暮らしを始めて自立しなさい。うちにはニートを養えるだけの余裕はないの。それに自力で家を建てれば手に職がつくし、そうすればそこそこ生活に困ることもないだろう。いや、建築職人不足の昨今、うまくすれば大金持ちだよ」と。
そこで3兄弟は、各々自分で家を建てることになりました。
長男が建てた家は、「ストローベイルハウス」。圧縮した藁のブロックを積んでつくる、北米生まれの建築様式。断熱・調湿性に優れた、自然素材100%のエコハウスです。
二男の家は、丸太を組んでつくった「ログハウス」。断熱・調湿性に加え、カナダ産の太いペイン材は燃えにくく、耐火性にも優れています。
そして三男の家は「ブリックハウス」、つまりレンガ積みの家。断熱・耐火性はもとより、耐久性があるエレガントな住宅です。
すると3兄弟がそれぞれ家を建て、お母さん豚の思惑通りセレブな建築職人になったという噂を耳にしたオオカミ。「力仕事で身が引き締まった職人豚は、さぞかし美味なことだろう。よし、彼らを順々に食べてやろう」と考えました。
そこでオオカミはまず、長男の家へ行きました。
長男の家は、藁の家。禁煙に成功して久しいオオカミは、自慢の肺活量で一気に家を吹き飛ばしにかかります。「ぷぅーぷぅーぷぷぅー!」
「あれ!?」ところが家は、意外にしっかり建てられているようで、風速70m/s級の息を吹きかけてもびくともしません。「ぷぷぅーぷぷぅーぷぷっーぐぶはっ!」何度やってもダメ。「クソッ!藁のくせにっ」オオカミは仕方なく諦めることにしました。
でもオオカミは腹ペコです。何としても子豚を食したいところ。そこで今度は、二男の家へ行くことにしました。
ところが二男の木の家も、がっちりした丸太組工法。こちらの家も、ぴくりともしません。さらに三男のレンガの家は、言わずもがな──。
「今日は絶対ポークを食べるって朝から決めてたのに!いや、夕べから!なのに1匹もゲットできないなんて、ないない絶対ないから!口内炎できてるし、なかなか疲れとれないし、良質な動物性タンパク質とビタミンB1摂らないと、そろそろヤバイから!マジ俺ヤバイから……ワォ────ン!」オオカミは、まるで自身の血と涙をしぼり出すかのように、焦燥と悲しみの遠吠えを上げました。
と、その時でした。オオカミの体がグラリと揺れたのです。「めまい!?空腹すぎて!?いや違う、森の木々もレンガの家もざわざわ揺れてる。そうか、俺の遠吠えが大地を震わせたのだ!!あっ、レンガが崩れる、危なっ!」
オオカミが頭を両手で抱えて地面に這いつくばっていると、崩壊寸前の家の中から三男が飛び出してきました。「ヤツだ!」オオカミは三男の姿を見るや否や一瞬で彼に跳びつき、一気に丸呑みにしてしまいました。
それから数日が経ちました。レンガ積みの家の耐震性※の弱さに助けられなければ豚を食すことができなかったオオカミでしたが、だからといってあと2匹、良質なタンパク源をみすみす諦める気にはなれません。
しかし、長男のストローベイルハウスも二男のログハウスも、オオカミの大息をもってしても吹き飛ばせませんでした。おそらく遠吠えの揺れも、彼らの家には効かないことでしょう。
「はっ、待てよ。ならば在宅中じゃなく、帰宅時の豚をねらえばいい。ナイス俺!」ということで、彼は外出中だった二男の帰りを物陰に隠れて待つことにしました。
警戒心の強い二男はオオカミの襲来に備え、家に防犯カメラや警報機などを設置し、セキュリティを強化していました。しかしそれが仇になるとは……。
玄関に横付けしたタクシーから降りて、1ドア5ロック4つ目のドアロックをぐずぐず解錠している二男の首根っこをつかんだオオカミは、「ごくん!」と子豚を丸呑みにしてしまいました。解錠にかかる時間を考慮していなかった豚のミス。過ぎたるは猶及ばざるが如し……。
さて。ついに残る子豚は長男のみとなりました。三男が食われたのは偶発的な事故ともいえましたが、セキュリティが万全だった二男までもが食われると、「完全にねらわれてる。次は俺の番だ!」と、さすがに長男は怖くなりました。そこで長男は、24時間ボディーガードをつけることにしました。
一方、長男が自分から身を守るためボディーガードを雇ったという噂を聞いたオオカミは、「こうなったら意地でも長男をゲットして、3豚コンプしてやる!」と、やる気満々。今度は慎重に策を練ることにしました。
四六時中ガードされている子豚を、まんまと食べおおせるには、どうアプローチすればいいのか?どうすれば怪しまれずにヤツに近付き、さらに屈強なボディーガードをヤツから引き剥がすことができるのか?
それから数週間、オオカミはたっぷり時間をかけてアイデアをしぼり、準備を整えました。
ピンポンピンポーン「ごめんくださーい」、ピンポンピンポーン「こんにちはー」。
オオカミは、堂々とカメラ付きテレビドアホンの前に立って声をかけ、長男の家の玄関チャイムを鳴らしました。長男が在宅中なのはわかっています。ボディーガードが一緒にいることも。
すると「どちら様?ブヒッ!」という豚本人の声と鼻息が聞こえてきました。よしっ!オオカミは、わざと自分の全身がテレビモニターに映るように立ち位置をずらし、返事をしました。
「あの……このちほーを回ってる者なんですが、ストーキングなどの被害に遭われたり身辺警護が必要となった際、ガードマンの費用等々が支払われるという保険のご案内をしておりまして、もしよろしければ少々お時間頂けないかと思ったんですが……お忙しいようならまたにしますので……」そう言って彼は、さり気なくスカートの裾をチラッとめくってみせました。
スカート!?そう、オオカミは女装していたのです。豚の警戒をゆるめるには、ハニートラップしかないと考えたのです。映画「ベイブ」で子豚の興味を引き付けた、賢くて美しい牧羊犬フライ(既婚)。
そこでオオカミは、フライと同じボーダーコリーに見せかけるため、体毛を黒と白色のツートンに染め、ワイルドな獣臭を消臭スプレーで消去。胸の谷間をガムテープでフェイクし、特殊メイクばりのテクニックでモデルのような美女に変装していたのです。モデルにしては、少々がたいが良すぎる感はありましたが。
「ああっ、ちょっと待って待って!その保険興味あるし、ぜひ話を聞かせて欲しいなー」「よろしいんですか?」「ブヒブヒ!」
かかったな、エロ豚め!しめしめ──。オオカミは、正々堂々と玄関から長男の家へ入りました。
部屋の中は、開放感のある勾配天井の1LDK。広々としたリビングの隅には、おとぎ話に出てくるような天蓋付きのベッド。それに、何やらとてもいい匂いがしています。オオカミが鼻をクンクンさせると、豚が言いました。
「ああ、匂う?君たち犬は鼻がいいからね。俺、これから食事なんだ。実は今色々事情があって外出控えてて、外食できないからケータリング頼んだんだよね、フレンチの。もしよければ君も一緒に食事しながら、その保険について話をしてもらうってのはどうだろう」
ケータリング!?家の横に車が止まっているのは気付いていましたが、オオカミは警備会社のものだとばかり思っていました。結局家には豚の他にボディーガード1人とケータリングのコック、合わせて3人もいます。
想定外の事態にオオカミは焦りました。が、とりあえず食事の誘いに乗ったところで損はなし、彼はありがたくご相伴にあずかることにしました。
食事は、申し分ないものでした。一流ホテルのフレンチのコース。料理に合わせ、ワインが何種類も用意してありました。メインディッシュはフォアグラのソテー。話には聞いていましたが、オオカミはこの時初めてフォアグラというものを食べたのです。
外側は香ばしく、内側はまったり。口に入れるとバターのように溶けてしまうのに、いつまでも五感を刺激し続ける深い味わい。なんとも不可思議で美味、心を揺さぶる絶品でした。
美味しい料理とワイン、サラウンドスピーカーから流れる臨場感あふれる音楽で、ふわふわと夢見心地のオオカミ。空腹が満たされたこともあり、彼は当初の目的をすっかり忘れ、子豚との会話やダンスを心底楽しんでいました。
ところが、そもそも下心があってオオカミを家に招き入れた長男。相手が自分に心を許したとみると途端に態度を豹変させ、オオカミを強引にベッドに押し倒しました。
「きゃっ!やめてください!」オオカミは豚の体を押しのけながら、助けを求めてボディーガードを見ました。
しかしボディーガードは、そ知らぬふりをして部屋から出ていってしまいました。今目が合ったのに、何でだよ!雇い主のやることは、犯罪でも見て見ぬふり?身辺警護だけしてりゃ任務完了ってこと?豚の荒い息が、オオカミの顔にかかります。クソッ!何てこった!もう我慢できない!
「どけっ、エロ豚!バルス!!」オオカミは叫び、長男を思いっきり手で払いました。「ヒデブッ!!」すると子豚は軽々とふっ飛び、リビングを越えてキッチンのカウンターで頭を強打し、息絶えました。
ボディーガードが通報し、オオカミは警察に連行されました。彼には長男殺害の他に、二男三男を殺害した余罪があります。まずは長男の件で裁判にかけられましたが、これは貞操を守るための正当防衛だと主張する弁護側と、過剰防衛だとする検察との押し問答になりました。
さらに二男三男の件は、これまた肉食動物の本能による捕食にすぎないと無罪を主張する弁護側と、食欲という煩悩にとらわれた計画的犯行だと死刑を求める検察とが、まっこうから対立。この難解な争点は世論をも巻き込み、何年にもわたり続けられることとなりました。
そんなこんなで5年余りが経過した頃、オオカミは突然刑務所から解放されました。といっても刑が確定し、無罪になった訳ではありません。たまたま彼の種が、国際自然保護連合(IUCN)により、絶滅危惧種に選定されたからです。
そのため彼は刑務所から、国立公園内にある絶滅危惧種特別保護施設へ移され、そこで生活することになりました。
オオカミは、山の裾野に広がる美しい国立公園を自分の庭のように自由に散策し、疲れたら冷暖房完備の部屋で休みます。朝晩行われる生殖検診と栄養管理された味の薄い食事が不満でしたが、刑務所にいるよりはよっぽど快適でした。
それに薄味とはいえ、毎食様々な料理が出されます。加熱調理したウシ・豚・トリはもちろんのこと、時には馬刺しや刺身盛り合わせといった生肉が出ることもあります。「これで文句言ったらバチが当たるな」。だから彼は余計なことは言わず、いつもありがたく食事を頂戴していました。でも、時々思い出してしまうのです。あの長男の家で食べた、フォアグラの至高の味を──。
とはいえ、彼はもう一度フォアグラを食べたいとは思いませんでした。なぜならオオカミは、何気なくネットサーフィンをしていた時に知ってしまったのです。フォアグラは、日に3回、漏斗(じょうご)を使ってガチョウの胃にむりやりトウモロコシを流し込み、強制的に2kg余りの脂肪肝にしたものだということを。グルメだ何だと飽食をむさぼるためだけに行う、自然の摂理に反したインモラルな飼育方法を。
それにもう1つ、オオカミは気付いたのです。自分は本当は、肉より魚の方が好みなのだと。
ある月夜の晩、オオカミは公園内を流れる川のせせらぎを聞きながら、遠いロシアのアムール川を遡上するシロザケに思いをはせていました。
1万匹に1匹といわれる、筋子・白子のない未成熟なサケ「鮭児」。鮭児は脂肪率が通常の倍はあり、全身トロの味わいなのだとか。そんな鮭児を、刺身やルイベで食べたら、どんな気分だろう?白銀に輝くボディに包まれた魅惑の霜降り、どんなに焦がれてもけっして手が届かない幻影・・・・・・。
「ワォ────ン!」オオカミの切なすぎる嘆きの遠吠えが大地を隆起させ、森の木々をなぎ倒し、澄んだ公園の空気をビリビリと振るわせました。
しかし再び静寂がおとずれると、オオカミはカッと目を見開き、意気揚々と叫びました。
「さて、もうやめよう!食い物に執着するのは、もうやめ!もう俺は、食うことにうつつをぬかし、3匹の子豚を追いかけてたあの頃のちんけな俺じゃない。なぜなら今や俺の存在意義……いや、種の未来・繁栄は、“胃袋”じゃなく“玉袋”にかかってるのだから!!」 おわり
(著作 magnax88)
※ 建物の強度は、フィクションです。実際のものとは異なります。
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