告知事項なしオススメ賃貸物件のはずが…
駅近2LDKペット可マンション一室の怪!
これは私が不動産広告に携わっていた時に、クライアントの不動産会社営業マンから聞いた実話です。
そこは不動産売買がメインで、いくらか賃貸物件も扱っているという会社。賃貸物件専任の社員がいたものの、その社員が退職したため、彼が一時賃貸物件も兼任することに。
その時彼が扱った賃貸物件の1つに、駅近2LDKペット可マンションの一室があったのです。
4階建てマンションの1階は駐車場。大家が4階ワンフロア1戸に住んでいることもあり、低層ながらエレベーター・オートロック付き。
家賃は相場で、全室角部屋。立地も良いため、賃貸全6部屋のうちのほとんどが長く住んでいる人たち。ファミリー不可なので、住人はシングルかカップルに犬猫。
ところが6部屋のうち3階の1室だけは、数ヶ月単位で入退居を繰り返していたのです。
その日彼は、約半年で住人が退居してしまったその3階の1室を一人で訪ねることに。
自社のホームページやチラシに載せる写真撮影をするためで、4階の大家に鍵を借りて入室。大家婦人には前もって連絡してあったので、部屋の窓をすべて開けて換気してくれてあった。
にしても、やけに臭い。ペットの臭いが染み付いているのか?排水口の臭いか?
築年数は数十年で古めだが、壁や床に目立った汚れやキズはない。6畳の和室の畳や襖も同じく。
それにキッチンにちゃんと火災警報器は設置してあるし、洗面脱衣所はドラム式洗濯機も置ける広さ。風呂は追い炊き機能付きだし、便座はシャワートイレ。
良い部屋だけど、とにかく臭い。「これはハウスクリーニング入れないとダメだな」と思いつつ、彼は写真を撮り始めた。
撮影終了後、大家に鍵を返して会社に戻った彼は、同僚にその部屋の話をした。
同僚は「ペットや排水口の臭いじゃなければ、事故物件とか?」と。でも販売図面には心理的瑕疵とは書いてないし、仮に何かあったとしても一度人が入れば告知義務がなくなるから分からない。
(2021年に事故物件告知に関するガイドラインができたため、現在は心理的瑕疵が生じる場合などは、おおむね3年間は告知する義務があります。一度誰かが入居した事故物件には告知義務がなくなるというのは、過去のローカルルールです)
そもそも、病死や自然死なら告知義務がないから、ほぼ記録にない。それにもし特殊清掃やリフォームを行うレベルだったなら、今現在あれほどの臭いが残っているのは逆におかしい。
「大島てる」サイトにも載っていないし、退職した賃貸担当の社員からも特に何も聞いていない。それに大家に鍵を返す際、臭いのことを指摘したが「そんなに臭うかしら?」といった具合。ハウスクリーニングを頼みたくないから、しらばっくれてるのか?
いずれにせよ、あの部屋だけ人が居着かないのは、どうやら悪臭に関係がありそう。でも大家は改善する気がないように見えたので、やむなく彼はそのまま現状で入居者募集をかけることにした。
と、その夜。彼は奇妙な夢を見た。
今日訪ねたマンション3階のあの部屋の和室に、自分が一人たたずんでいる。すると、ひどく痩せた50歳~60歳代の男性が現れ、自分に話し掛けてきた。
「あの人を、よろしく頼むよ」
「あの人って誰だ?」と思っていると、痩せこけた男性は「大家だよ」と言って上を指差した。
彼は意味が分からず黙っていたが、痩せこけた男性は構わず続けた。「あの人には世話になったからね、助けてやってよ。俺はこんなだからさ」と。
「こんなって?」と彼が思った瞬間その痩せこけた男性は、すぐ目の前で首にヒモをかけてぶら下がる凄絶な姿に変わっていた。その時の彼は、怖いというより「ああなるほど、亡くなってるから助けたくてもできないのね」と合点がいった。
そして痩せこけた男性は、ふいに最初に現れた姿に戻ったかと思うと、なぜか今度はゆっくり首にヒモをかけ、もだえ苦しみながら、すっと消えた――。
この営業マンの彼は、いわゆる霊感持ち。霊体験はままあることだったため、不思議に思いながらもそのまま眠りについた。
後日、彼はその大家婦人に聞いた。「大変失礼ですが、こういう人相風体の男性で、首を吊って亡くなったお知り合いはいますか?」と。普通ならクレームものの質問だったが、大家は「Aさんだ!」と驚きつつ話を聞かせてくれた。
実は彼の夢に現れた痩せこけた男性は、大家夫婦の古い友人Aさん。ある日その友人Aさんに、癌が見付かった。初期だったので治療すれば治っていただろうが、Aさんは治療しなかった。本当は自分は末期癌なのに、医者をはじめ皆が嘘をついている。どうせ治らないんだから、治療しても仕方がないと。
Aさんは本当に初期癌だったのに、不安からかおかしくなっていた。どうせもうじき死ぬんだからと仕事も辞めてしまい、挙げ句自宅で首を吊って自ら命を絶ってしまったのだ。もう10年近く前の話。
Aさんが亡くなったのは、あの3階の部屋ではない。それにあの部屋で亡くなった人は、過去に一人もいないとのこと。
事故物件でないなら、あの悪臭の原因は何なのだろう。なぜ入居者が、居着かないのだろう。
Aさんの幽霊のしわざなのか?Aさんが怪奇現象を起こしていたにしても、それと大家を助けることとの因果関係が分からない。一体あの部屋には、どんな問題があるのだろうか?
その答えは、数日後に判明した。
夢の中でAさんが「助けてやってくれ」と言って指差した先は、今思うと和室押し入れの天井だったのかも知れない。
それというのも、その部屋は入退居のサイクルが短いため、実はもう何年も清掃業者に頼まず、大家が自分で掃除して済ませていた。初期費用にクリーニング代を乗せておきながら。
それが、彼の助言を聞き入れた大家がハウスクリーニングを依頼したところ、和室押し入れの天井点検口から業者がある物を発見したのだ。
ある物とは、ビニール袋に入れられた動物の死骸。たぶん猫で2体分あり、すでに干からびた状態。
いつ頃のものなのかは分からなかったが、おそらくその部屋の住人である飼い主の事情で亡きものにされ、天井に隠されたのだろう。可燃ゴミとして捨てて、誰かに発見されるのを恐れたからか。
その干からびた猫の死骸が、異臭を放っていたとは考えづらい。つまり彼が感じていたのは死臭ではなく、死んだ魂が放つという霊臭だったのだろう。
きっと動物にも魂はある。人間でなくても、誰かに気付いてもらいたいという切実な願いがあったに違いない。
その後大家は近所のお寺の住職にお願いし、天井に猫の死骸があることを教えようとしてくれた亡き友人と、その可哀想な猫たちの供養をしてあげたそう。
さて、そうしてその部屋の入居者が決まった時にはもう彼は担当から外れ、新たな賃貸専任社員へと引き継がれていた。
そうこうしているうちに私も不動産広告の仕事から離れることになり、彼と会うこともなくなった。
今現在の彼はというと、別の店舗に異動になったものの今でも不動産営業マンとしてパワフルに働いているよう。口八丁手八丁で(笑)
あのマンション自体はまだあるが、3階のあの部屋が今どうなっているかは分からないそうです。