幸田露伴【五重塔】あらすじ|名工が必ずしも名棟梁という訳ではない!

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棟梁とは設計・施工・親方らもまとめる大工頭!

明治の文豪、幸田露伴の不朽の名作「五重塔」。人望厚い源太親方が請けた、谷中感応寺 五重塔建立の大仕事。それを「のっそり」と馬鹿にされる名人肌の大工 十兵衛が、言葉は悪いですが横取り。そして、棟梁となった十兵衛が、その五重塔を完成させるまでの、様々な人々の心の葛藤・狂気を描いたのが、この物語です。

十兵衛という大工は、天才的な腕をもっているもののコミュニケーション能力が低く、ゆえに小さな仕事しか回ってきません。そんな時、日頃お世話になっている源太親方が、五重塔建立の棟梁に指名されます。

ちなみに棟梁とは、設計・施工から職人・親方らの取りまとめまで、現場仕事をすべて取り仕切る大工のリーダーのことです。
現代では野丁場でも町場でも、設計・施工は各々専門業者が分業で行いますから、この当時でいう棟梁のポジションは、ほぼないと言えます。

ただ現在でも、町場で棟上げ(建前)を行う際には、その場を取り仕切る重要な役割を担う親方のことを、敬意を表して棟梁と呼んだりします。

さて、話を戻しまして。十兵衛は日頃の恩を欠く形になるのを、源太親方に申し訳ないと思いつつも、勝手に五重塔の精巧な模型までつくり、源太親方ではなく自分に仕事を任せて欲しいと、感応寺の上人に直談判しに行きます。


これだけの腕がありながら、不遇の境遇にある十兵衛に対する同情。そしてこれを機に、その境遇を打破したいという彼の熱意にほだされる上人。

結局上人は十兵衛にもチャンスを与えることにし、どちらが仕事を請けるかは、源太親方と十兵衛で話し合って決めるよう促します。源太親方はというと、今回の十兵衛のやり方に腹立たしさを感じながらも、そこまで言うなら協力しようと申し出ます。ところが十兵衛は、自分が棟梁としてすべてを仕切りたいのだと源太親方の申し出を断ります。


そんなこんなで、最終的に十兵衛に仕事を任せることにした上人。そしてすべてのわだかまりを捨て、棟梁となる十兵衛に再度応援を申し出た源太親方。

ところが十兵衛は、それさえも断ります。そんな十兵衛を、面白く思わない人がほとんど。職人たちは棟梁となった十兵衛の言うことを聞かないばかりか、源太親方の弟子にいたっては十兵衛を闇討ちし、彼の耳を切り落とし肩にもケガを負わせてしまいます。

自分を慕う弟子の不始末に、深々と頭を下げる源太親方。それだけでなく、源太親方は最後まで十兵衛と五重塔を気遣い続けるのです。
やがて五重塔が完成。しかし落成式を前にしたとき、都を超大型の台風が襲います。

源太親方は五重塔を心配して見に行きますが、当の十兵衛は家族と家にいて動きません。寺から再三見に来るよう言われても、「自分はどんな大嵐にも負けない塔をつくったのだから行く必要はない」と言い放ちます。とはいえ、そんな理屈が許されるはずもなく、結局十兵衛はしぶしぶ寺へと駆り出されます。

そして現場に到着した彼は大嵐の中、塔に上って仁王立ちになり「もし板へぎ一枚でも吹きめくられたら死んでやろう」と豪語します。その間も、源太親方は人知れず下で塔を護っていましたが、人々は損傷一つなく暴風雨に耐えた塔をつくった十兵衛を、名人だと褒め称えるのです。そんな十兵衛の成功を、自分のことのように心から喜ぶ源太親方――。

「五重塔」は一見、主人公十兵衛の天才的な腕、不屈の精神や男気という職人魂を称賛している小説のようにみえます。ですが私は、これまで棟梁として手腕を振るってきた源太親方の人間性に心を動かされました。

十兵衛の、このままくすぶってはいられない。恨まれようが何をされようが、自分の類まれなる才能を思う存分発揮したい、という自信や向上心は素晴らしいとは思います。それに彼は、おそらく皆さんがイメージする、頑固で融通が利かない職人気質のモデルケース。その愚直さに好感をもつ方も、少なくないでしょう。

ですが当サイトコラム“建築職人の「職人気質=コミュ力低め」というのは単なるイメージ!”でも書きましたが、建築現場では、コミュ力が低いと仕事になりません。しかも棟梁、仮に職長クラスがコミュ障などというのは、まずあり得ない。それでは大工だけでなく、左官など他の多くの職人が迷惑をこうむる。というのを、悪い意味で証明してしまっているのが十兵衛なのです。
十兵衛の場合は、コミュ力以前に人間性に少々難ありと言えますが。(十兵衛推しの方、ごめんなさい!)

つまり、棟梁として人を動かすには高度な技術力がものをいう、という単純なものではないんですね。どんなに腕が良くても、十兵衛のように自分勝手で人望とコミュ力がなければ「のっそり」呼ばわり。
その名人技・プライドをすごいとは思っても、人として尊敬できなければ、学ばせてもらおうとは思えない。

それでは本当の意味での棟梁にはなれないような気がします。もっとも、彼が一番手にしたかったのは、棟梁ではなく五重塔だったのでしょうが。

「五重塔」の主人公は十兵衛ですが、幸田露伴が描きたかったのは、実は源太親方の崇高な生き様の方だったのかも知れません。知らんけど(笑)

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