道具名に込められた作業の安全を願う気持ち!
大工・石工道具の1つに、「玄能(げんのう)」があります。釘を打ったりする金槌(かなづち)のことですが、正しくは玄翁(げんのう)で玄能は当て字。というのは、玄翁は玄翁和尚という曹洞宗の高僧の名前だからです。
昔、鳥羽天皇の頃、天皇の寵愛を受けていた女官「玉藻前(たまものまえ)」。実は彼女の正体は、九尾の狐。絶世の美女に化け、中国では紂王の妃「妲己(だっき)」となり、殷を破滅へ追い込んだ悪女だったのです。(モンスト妲己の神化形も、ちゃんと狐の姿になってます)
紂王のように鳥羽天皇をも惑わしていた九尾の狐でしたが、天皇の様子がおかしいことに気付いた臣下が陰陽師に相談。そうして正体を見破られた九尾は、空を駆けて逃走します。しかし、那須野原(栃木県)で追い詰められてしまった彼女。矢を射られた直後に、今度は石に姿を変えました。
その石は近付く生き物をすべて殺すため、「殺生石」と呼ばれ恐れられることに……。そしてそこを通りかかった玄翁和尚が、殺生石と化した玉藻前(九尾の狐)の魂を鎮め、その後大きな槌で石を叩き割ったのです。
この話から、金槌のことを玄翁と呼ぶようになったのだそう。九尾の狐を調伏した高僧の名前を道具につけるとは、“危険をともなう現場作業、事故がないよう守ってもらおう”という意味合いがあったのでしょう。
ちなみにこの玉藻前の話は、「殺生石」という能楽や、「玉藻前曦袂(たまものまえあさひのたもと)」という文楽の演目にもあるくらい有名。また栃木県那須町には今もこの殺生石が残っていて、観光スポットになっています。
殺生石の近辺は、硫化水素や亜硫酸ガスなどの有毒な火山ガスが発生する場所。つまり石に変じ、近付いた人や鳥獣の命を奪う九尾の妖力は、有毒な火山ガス。那須町は、全国的によく知られた、日光国立公園内の人気温泉郷ですからね♪
ということで、玄翁という道具名は、予想の斜め上をいく壮大なスケールの伝説に由来するというお話でした。